司法試験H29刑事訴訟法 解答例
第1 設問1
1 Qらが甲方の窓のガラスを割って解錠した行為は適法か。
ここで、捜索・差押えの目的を達成するために必要かつ相当な処分は「必要な処分」(222条1項、111条1項)として許容される。
本件をみると、覚醒剤は水に流すなどして証拠隠滅が容易なものであるから、呼び鈴を鳴らしてすぐに甲方に入る必要があった。また、甲は玄関のドアを開けて入るがドアチェーンをかけたままであり、甲の協力が得られる可能性は低く玄関から入ることは困難であったから、玄関以外の場所から入る必要があった。さらに、甲は覚せい剤取締法違反の前科3犯を有する者であり、諸般と比べ捜査に関する経験を有していると考えられ早急に捜査を進める必要があった。そして、窓ガラスの一部を割ったに過ぎず、甲に傷害を負わせたという事情はないから、かかる手段は相当なものといえる。
したがって、「必要な処分」として適法である。
2 次に、Qらが、令状の呈示をする前に、令状の執行(捜索差押えの実施)をしたことは適法か。
ここで、110条の趣旨は、対象者の受忍限度を明らかにすることと、警察権力の恣意的濫用を防止しする点にある。そのため、捜索差押令状の呈示は令状執行(捜索・差押えの実施)前に行われるのが原則である。もっとも、①捜索・差押えの実効性確保のために必要であり②短時分の先行にとどまるなどを相当性が認められれば、令状呈示前であっても「必要な処分」(111条1項)として許容される。
本件をみると、上述のように覚せい剤は証拠隠滅が容易なものであり、令状を事前に呈示していたのでは証拠が隠滅されるおそれがある。また、甲方に立ち入った後、直ちに令状を呈示しているから、相当性がある。
したがって、「必要な処分」として許容される。
3 Pが、乙のハンドバックを取り上げ中身を捜索した行為は適法か。
ここで、同居人は、被処分者と何らかの関係があり、被疑事実についても知っている可能性が高いため、その携帯物を捜索する必要性が高いとえる。また、それが捜索場所に存在する以上、居室の備品と同視し、「場所」に包摂されていると考えることができる。したがって、同居人の所持品についても令状の効力が及ぶ(判例)。
本件においても、乙は甲と同居する内妻であり、乙のハンドバックを捜索する必要性は高い。また、乙のハンドバックは、居室の備品と同視できる。
したがって、上記行為は適法である。
4 Qが、丙のズボンの右ポケットに手を差し入れ、そこから5枚の紙幣を取り出した行為は適法か。
ここで、❶刑訴法は、「場所」と「人の身体」を区別して規定している(222条1項本文、102条1項)。❷また、身体の捜索によって侵害される人身の自由やプライバシーの利益は、場所に対するそれとは異質であって、前者を後者に包摂させることができない。そのため、場所に対する捜索許可状で、人の身体を捜索することはできないのが原則である。
もっとも、捜索・差押えの目的を達成するために必要かつ相当な処分は「必要な処分」(222条1項本文、111条1項)として、許容される。そこで、第三者がもとはその場所にあった証拠物を隠匿した疑いが十分にあるときは、「必要な処分」として、妨害排除・現状回復のために必要かつ相当な処分をすることができる。
本件をみると、たしかに、丙は、ズボンの右ポケットが膨らんでおり、時折ポケットに手をふれ気にする素振りを見せている上、落ち着きなく室内を歩き回るなど不自然な行動をとっていることから、なにか警察に見つかりたくないものを所持していると考えられる。しかし、丙は、Qらがベランダから甲方に入った当初からポケットに手を入れていたのであり、もとはその場所にあった証拠物をポケットに隠したというような事情はない。
したがって、証拠物を隠匿した疑いが十分にあるとはいえず、「必要な処分」とは言えない。
よって、上記行為は違法である。
第2 設問2
1 小問1
証拠1、2、4は、328条により証拠能力が認められないか。328条により許容される証拠の範囲が問題となる。
ここで、同条の趣旨は、自己矛盾供述の存在自体を立証することで、その者の公判供述の信用性を減殺することを認めることある。つまり、非伝聞である自己矛盾供述を証拠として許容することを注意的に規定したものであり、伝聞例外の規定ではない。そのため、他者矛盾供述が弾劾として機能する場合、その内容たる事実が裁判官の心証上が認められたことになるところ、弾劾証拠は補強証拠であるのに実質証拠として機能することとなり、伝聞法則が骨抜きとなる。したがって、同条により許容されるのは、自己矛盾供述に限られる。
(1)証拠1
まず、証拠1は、甲の供述を内容とするものであり自己矛盾供述であるから、328条により許容される証拠である。
もっとも、甲の署名・押印がないが、かかる書面についても328条により証拠とすることができるか。
ア まず、自己矛盾供述の存在も補助事実の1つであり、補助事実は刑罰権の存否及びその範囲を画する事実ではないが、厳格な証明を要する実質証拠の証明力に大きな影響を及ぼすから、厳格な証明を要する間接事実と同様に扱われるべきである。したがって、補助事の一つである自己矛盾供述についても厳格な証明が必要となる。
そして、供述録取書には、供述者の供述録取者に対する供述過程(第一供述過程)と、供述録取者がこれを書面にする過程(第二供述過程)があり、いずれも反対尋問にさらされていないから二重の伝聞性がある。そして、328条が対象とするのは第一供述過程のみであるから、第二供述過程の録取の伝聞性の問題は残る。
したがって、328条により証拠として許容されるには、供述者の署名・押印が必要である(刑訴法322条1項)。
イ 本件を見ると、甲の署名・押印がないから、厳格な証明がなされているとはいえない。
よって、裁判所は、証拠1を証拠として採用することができない。
(2)証拠2
証拠2は、甲の供述を内容とするものであり自己矛盾供述であるから、328条により許容される証拠である。
また、甲の署名・押印もなされているから、厳格な証明がなされているといえる。
よって、裁判所は、証拠2を証拠として採用することができる。
(3)証拠4
証拠4は、乙の供述を内容とするものであり他者矛盾供述であるから、328条により許容される証拠にあたらない。
よって、裁判所は、証拠4を証拠として採用することができない。
2 小問2
328条の「証明力を争う」には、回復も含まれるか。
まず、「争う」の文言には減殺された証明力を回復させる場合も含むと解するのが自然である。しかし、公判供述が自己矛盾供述により弾劾された場合、この自己矛盾供述は内容の真実性を問題としない非供述証拠であるから、これを弾劾することに意味はない。また、別の機会に公判供述と一致する供述(自己一致供述)をしたことを立証すれば、供述の信用性が回復するという経験則の合理性は疑わしい。したがって、回復証拠は328条により許容されない。
よって、裁判所は、証拠3を証拠として採用することができない。
以上