一橋大学法科大学院入試2021年 民事訴訟法 解答例
第1 (1)
1 法人は、法律上の存在に過ぎないから、訴訟行為をすることができず、代表者が訴訟行為をしなくてはならない。そのため、法人を被告として訴えを提起する場合、法人の代表者に対して訴状を送達する必要があり(37条、102条1項)、代表権のない者への送達は無効となる。
本件で、Xは、真のY法人の代表者はBであるのに、法人登記簿上の代表者であるAをY学校法人の代表者として訴えを提起し、Aに訴状を送達している。
したがって、訴状送達が有効であることという訴訟要件を欠くことになり、訴えは不適法となるのが原則である。しかし、本件では、これを看過して本案判決が出されている以上、上訴の対象となる有効な確定判決と解する。
2 しかし、会社の代表者を確定するには、法人登記簿の記載により判断するしかないところ、登記簿上の代表者に対する訴状送達を無効とすることは、登記を信頼した者にとって酷である。また、本件では、訴訟の審理がかなり進み、既に勝訴判決がなされており、積み重ねられた訴訟行為を全て無駄にするのは訴訟経済に反する。
(1)そこで、実体法上の表見法理の規定(民法109条、会社法354条、908条2項等)を訴訟法上の訴訟行為に類推適用し、訴状送達を有効として、訴えを適法とすることはできないか。
まず、法人に対して訴状が送達されている場合には、法人の真の代表者が訴訟係属を知っていると推定できるから、法人を保護する必要性は低いといえる。しかし、本件では、法人の前の代表者Aに訴状が送達されており、真の代表者が訴訟継続を知らなかったといえるから、法人保護の必要性は高い。
そして、表見法理の規定は、取引安全を図るための規定であり、取引行為でない訴訟行為には適用がない。また、法人の真の代表者により裁判を受ける権利が奪われる。さらに、表見法理によると相手方の善意悪意により結果が異なることになり(民法109条以下)、手続の画一性が害される。
(2)したがって、表見法理の類推適用をすることはできず、かかる方法で訴えを適法とすることはできない。
3 もっとも、真の代表者であるBの追認(37条、34条2項)があれば、訴状送達は遡って有効となり、訴えは適法となる結果、従前の訴訟追行の効果が被告法人であるYに帰属する。しかし、この場合、Yとしては真の代表者により訴訟追行する利益が害され、敗訴という不利益な結果を感受せざるを得なくなる。したがって、追認をすることはないとは考えられる。
3 裁判所がとるべき措置
上述のように、追認されない限り、訴えは不適法となり、従前の審理が全て無駄になる。そこで、裁判所としては、相当の期間を定めて訴状の補正を命じるという措置をとるべきである(137条1項)。そして、Xが補正に応じて真の代表者を訴状に記載した場合には(37条、133条2項1号)、裁判所は、訴状を改めて真正の代表者であるBに送達した上で、本案審理を最初からやり直すこととなる。これに対して、補正に応じない場合、裁判所は訴えが不適法として、訴えを却下すべきである(140条)。
*代表権の存在は、職権調査事項である訴状送達が有効であることという訴訟要件を基礎付ける事実であるから、その調査は当事者の主張がなくても職権で行わなければならない。
第2 (2)
裁判所は、前訴訴訟物であるXのYに対する300万円の代金支払請求権のうち、100万円は認められるとの心証を得ている。裁判所は、Xの請求額のうち100万円の存在を認める一部認容判決を出すことはできるか。
1 一部認容判決は処分権主義に反しないか。
(1)処分権主義とは、訴訟の開始終了を当事者の意思に委ねる建前をいう。その趣旨は私的自治の訴訟法的反映にあり、その機能は当事者への不意打ち防止にある。そこで、一部認容判決も、原告の合意的意思に反せず、被告への不意打ちとならない限りで認められる。
(2)これを本件についてみると、100万円であっても請求が認容されることは、原告の合理的意思に反しないといえる。次に、被告は300万円の請求認容を想定していたと考えられるから、被告への不意打ちにもならない。
(3)したがって、処分権主義に反しない。
2 当事者は100万円が別の代金の支払いに供されたと主張していないところ、かかる事実の認定は、弁論主義に反しないか。
(1)弁論主義とは、訴訟資料の収集提供の当事者の権限・権能に任せる建前をいう。弁論主義が適用されると裁判所は当事者の主張しない事実を判決の基礎とすることはできない。もっとも、かかる事実とは主要事実に限られる。間接事実や補助事実にまで弁論主義が適用されるとすると、自由心証主義を害するからである。
そして、ある事実が、主要事実と間接事実のいずれに該当するかについては、それが、抗弁となるか、積極否認(民訴規則79条3項)となるかの区別により判断すべきである。
否認とは、相手方の主張する事実と両立しない、相手方が証明責任を負う事実を否定する陳述であり、抗弁とは、相手方の主張する事実と両立する、自己が証明責任を負う事実の主張であるところ、両者は両立・非両立、証明責任の所在で区別される。そして、基準としての明確性から、当事者は、実体法上、自己に有利な法律効果の発生を定める法規の要件事実について証明責任を負う。
(2)100万円が別の職務用ノートパソコンの売買代金として支払われたものであるという事実は、Yの弁済の抗弁と両立せず、Yが証明責任を負う事実と両立しない事実を積極的に述べるものであり、積極否認に当たる。
したがって、かかる事実は、主要事実に当たらない。
(3)よって、上述の判決を出すことは、弁論主義に反しない。
以上